2021-07-01から1ヶ月間の記事一覧
ショパン弾きであり、ショパンの解釈者であって、このひとがソビエトで教壇に立っていたことにより、上質の実例としての音を学生たちは聴く事ができました。 残された録音もゆたかな音色に満ちています。
最近、戦時中に同級生の吉満義彦氏と会って、ドストエフスキーにおける宗教感覚に関して意見交換をしたらしい、との情報を得ました。 しかし、そのときにカトリックの教義一般に関する議論があったかどうかは不明なのです。 「矢張り一元論なのだろうね……」…
アンナー・ビルスマの2回にわたるバッハ無伴奏の聴き取りから始まりました。前世紀のことです。
いい音です。こたえられません。結局カザルス、シュタルケル、ロストロポーヴィチ、ビルスマ、グートマン、堤剛氏、藤原真理氏、長谷川陽子氏、といった聞きなれている音に回帰するのです。 なんだか、LP時代の音とCDの音が異なるようにも思います。
この曲は、かつてフランソワのモノクロ演奏映像を視聴して、すっかり魅了されました。 ここでは、リヒテルが、強い打鍵で牽引します。もちろんリスト協奏曲の場合とは異なります。そして、美しいメロディーラインは、別途活かしています。この使い分けが凄い…
数年前、フジコ・ヘミング氏との共演で指揮者としてパヴェル・コーガン氏が来日されましたが、氏の父上がレオニード・コーガンです。ソビエト当時の楽壇で、ピアノはエミール・ギレリス、ヴァイオリンはレオニード・コーガンがいわゆる国際派の立場を維持し…
ウィーンフィル100年の記念講演で、「高次の意味における芸術的訓練は何であるか」と題を立てています。 このことは、バラバラに存在していたもろもろの音楽的課題を統一するチカラを持つように思います。 普段は、そのような「統合」などということは、わた…
セザール・フランク集です。1991年メリディアン・レーベル。フーガの形式の持つ意味が感じられませんので、むしろ演奏の勢いは、奏者の任意の設定に依存するのでしょう。「前奏曲、コラールとフーガ」はおおむね思弁的で、ただフーガが派手になりました。急…
正しい、日本語です。この言葉を聞くことがなくなってから久しいです。 終点に到着してホッとすることと、ああ、終わってしまうという心残りと、ともにあるところが、良いのでした。
無言歌集より、と楽興の時です。 穏当に、しかし内省にあたる推移が音楽の世界にあることを強調しています。もともとそれぞれの曲がそうであるのに、それを演奏家が説き直しています。
実践のモデルを一つ選ぶとしたら、だれが好適な例となりましょうか。 バンクシイでしょうね。むろんわが国の歴史にあっては、「近代」がそれぞれの分野でいかなるものであるのか、という現状把握が問題となります。文芸、音楽、宗教、哲学、歴史学、科学など…
棋譜は、反転させることができます。しかし、これは本物の反転ではありません。このことは、楽譜にある音符を逆行するときにも同じことが言えます。時代は変わっていて、録音をさかさまにたどることが可能ですが、音の列は音符の順に楽譜通りに反転させても…